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屏風岩敗退(冬期)

日程:12/25~12/27  山域:穂高屏風岩雲陵ルート

参加者:木下、山本

12/25 13:44中の湯入山→16:11明神→17:03徳澤→19:01横尾冬期小屋

 個人的な話になるが今から20年前のこと、当時大学3年生だった私は、氷雪に鎧われた屏風の姿に完全に参ってしまい、身の程知らずにもこれに手を出した。結果は3日間粘って終了点まであと1ピッチと迫ったが、両手と左足の凍傷を負い敗退。去り際に青い月の光に照らされた屏風に向かい「また来るぜ」と呟いてから早や20年が過ぎた。

 いい加減この課題を終わらせないと、この先クライマーとして成仏できないだろう。そんな気がして10月半ばころから、歩荷に減量、アイゼントレ、ドライツーリングの練習を重ねるが、おそらく有史以来の超暖冬のおかげで12月に入っても雪はおろか全くもって暖かく(というか暑い)今一つ実感が湧かず、どうせなら「ついでに前穂北尾根も継続してしまおう」と欲が出てしまい、それならば、それならばといった具合に荷物が増え、およそ30㎏のザックを担いで列車を乗り継ぎ入山する。

生憎予報では入山の翌々日から「最強寒波が到来!」と盛んに騒ぎ立てており、最低でも一日でほぼ中間点の扇岩テラスまで登らないとこの「最強寒波」とやらに捉まってしまう事になり、今年一度も寒さに曝されていない緩んだ体が耐えられるか不安を抱きつつも歩を進める。

釜トンネル~大正池~上高地と進むが雪が全くといって積もっておらず寒くもない。徳沢で日が暮れるもさらに歩き横尾の冬期小屋へ。小屋は誰もおらず、入り口に設置のドラム缶にはパイプからの水が盛大に溢れ出ている。小屋内にテントを張り快適すぎる環境にて就寝。

快適至極な横尾冬期小屋(薪ストーブは撤去されていた。)

12/26 04:00起床~05:10横尾発→07:14T4尾根取付→15:30T4~16:00撤収開始→17:481ルンゼ→横尾冬期小屋

 時間通りに起床、予定通りに出発。天気は薄曇りで異様なほど気温が高い。横尾の岩小屋から右折し河原へ出る。心配していた渡渉も難なくこなし、若干下った地点から1ルンぜを目指し黙々と歩く。膝くらいまでのラッセルに大汗をかきながら登ると次第に夜が白んできて屏風が姿を現す。暖冬のせいでそこそこ雪はついているものの、自分が想っていた姿とは程遠く、かつて惚れた女の変わり果てた姿を見る気分だ。気を取り直し、登ること約1時間半でT4尾根取り付き着。1ルンゼがいい感じに氷結しており思わずそそられるがT4尾根へ取り付く。

1ルンぜ押し出しを登る。

もちろん1ピッチ目は埋まっておらず、のっけから厳しい。しかも一度溶けた雪が凍り付いていてなかなかやっかいだ。ホールドを掴むと湿雪がとけて岩に張り付き、再びテラテラに凍り付く。バイルのグリップも同様に溶けた雪が凍り付き次第に握れないくらい太くなってゆく。プロテクションも取れず、進退窮まったところで吹っ切れる。少しでもピックがかかればムーヴを起こし、アイゼンが決まらずガリガリ音を立てても気にしない。バイルで片手レイバック気味でナッツをセットし、持ち替え踏みかえでトラバース。背後に見える1ルンゼに励まされながら、テムレスグローブでジャミングしつつカムを決める。あぁ、なんて楽しいんだろう。これってクライマーズハイって奴?しかし個人的な盛り上がりとは裏腹にピッチを切り時計を見るとなんと2時間も経っていることに愕然とする。

1ルンゼの雄姿をバックにクライミング

大興奮のクライミングを味わいながら

2P目は出だしから厳しいエイドで、年代物のハーケンにスリングをねじ込み、頼りない下向きに垂れたブッシュにタイオフしたこれまた年代物のスリングにエイドをかけたりと、汚い壁に悪すぎるプロテクション、フォローでもしんどいクライミングが続く。危ないなと思いつつも自分の中の安全の基準が大幅に下がってゆき、普段なら絶対に乗らない浅打ちのハーケンにもホイホイ乗り込む。このピッチもたっぷり2時間以上かかる。

T4尾根2P目の厳しいエイド

続く2ピッチはグズグズの雪をだましながら適当な灌木でピッチを切る。

T4から見た屏風岩東壁。遥か彼方の扇岩テラス。

5P目 これまた不安定な雪を恐る恐る登り、雪が詰まったチムニーを雪を掻きだしながら越え、T4のダケカンバにたどり着く。この時点で15時20分、予定の扇岩テラスは遥か先でお話にならない。明日の昼には寒波に捕まってしまう。1ピッチ目の盛り上がりが急速に醒めてゆく。とてもじゃないが上に抜けるのは無理だ。

 いけるとこまで行って下降するのも考えたが、その場合、テラテラの1ルンゼに積もった新雪が雪崩れるのでは?20年前に敗退直後に雪崩れた記憶が蘇えり震える。それならば今下降してしまえば日があるうちに1ルンゼに降りられる。空を見ると差し迫った感じではないが勿論良くはない。

未練が無いわけではないが、それならばとさっさと下降しようと、いつもの逃げ足の速さを遺憾なく発揮して横尾小屋へ。

 落ち着いてから、これで良かったんだと言い聞かせ、予報通り天気が悪くなることを望んでいる自分の卑怯さに気づき激しく自己嫌悪。外に出ると皮肉にも星が光っている。この先、また挑戦するチャンスと気力が巡ってくるとは思えず、惜しいことをしたものだとシュラフの中で身もだえする。

12/27 09:30横尾→13:00上高地→14:20中の湯→松本→博多

 夜が明けるが天気は案の定、悪くなく全然登れる。撤収して中の湯までの道をとぼとぼと歩く。借りてきたザックは左右のバランスが悪く右肩が痛くてたまらない。敗走する兵士の気分とはこんな感じだろうかと思いつつも、慶応尾根や前穂北尾根、明神岳のラインを熱心に見ている自分に気づき、なんだまだやる気じゃないかと苦笑する。上高地につく頃から次第に風雪が強くなり、釜トンネルへ逃げ込み山を後にする。

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