トムラウシ山クワウンナイ川遡行 2020
トムラウシ山クワウンナイ川遡行山行 【期間】2020.0919-21 【メンバー】H 野浩志 D 達佳美 吉本昇司
~クワウンナイ川:杖のいる川 トムラウシ:花や水垢が多いところ カムイミンタラ:神々の遊ぶ庭~
【行動記録】
09/19 晴のち雨 09:30 入山 10:30 堰堤高巻終了 16:30 カウン沢出合
09/20 晴のち雨 07:00 ビバークポイント発 08:30 滝の瀬十三丁 15:00 日本庭園 15:15 天沼 16:30 ヒサゴ沼避難小屋
09/21 晴のち曇 03:30 発 04:10 分岐 04:50 日本庭園 05:45 北沼分岐 06:15 トムラウシ山 07:40 天沼 08:30 ヒサゴ沼避難小屋09:30 発 10:30 化雲岳 11:30 ポン化雲岳 12:30 第二公園 13:45 第一公園木道際 15:05 滝見台 16:00 天人峡16:15 駐車場着
プロローグ
トムラウシ山。クワウンナイ川。
この川との出会いは 1990 年今から実に30年前迄遡る。 僕の心の中を30年流れ続けていた幻の川。憧憬の沢。 当時僕は、大学山岳部に入部し、本格的な山登りを始めたばかり。岩登りや、縦走、沢登り、雪山、アイスクラ イミング等、四季を通じ様々な山行に明け暮れていた。知らない山ばかりで、行ったことのない未知の山、見た ことのない情景に心躍らせ、美しくも厳しい自然に打ちひしがれ乍らも、ただひたすら山に通い詰めていた。そ の時、手にした一冊の本が吉川栄一氏著『沢登り入門とガイド』であり、しばらく僕にとっての沢のバイブルと なった本だ。著書の冒頭、氏は焚火を通じゾロアスター(拝火)教への改宗を促し、訪れるブナ林に必ず出会う とされるマザーツリーとの交流を推奨し、沢にロマンと心のオアシスを求め氏が日本国中を縦横無尽に駆け巡り 紹介する選りすぐりのガイド編にクワウンナイ川の遡行紹介が記述されていたのだ。1kmを優に超す滑床『滝の 瀬十三丁』がどこまでも続き、いつかこんな所を遡行してみたいという憧憬に心を震わせたものだ。縁あって他 の憧憬ルート、例えば白神山地奥入瀬渓谷や谷川岳湯桧曽川本谷、黒部川上の廊下等は運よく遡行することがで きたものの、クワウンナイ川は北海道という遠いロケーションに阻まれ、なかなか訪れることが出来ずにいた。 時を遡ること12年前。僕は仕事の都合で北海道の千歳に居た。クワウンナイと出逢う人生最大のチャンスが訪 れたのだ。しかし乍ら、当時子供は幼稚園児と小学1年生、仕事や育児に伴う数々の行事に明け暮れ、このチャ ンスは露と消えた。そして、2020 年。九州に居る僕がひょんなことから北海道に出張で訪れる機会を得た。しか も、幸運は続く。今年の春、25年来の旧友が札幌に転勤となった。彼とは2年前10年ぶりに台高の沢を遡行 していた。機は熟した。後は行くだけだ。
初日
早朝、相方にピックアップしてもらう。出会い系登山隊は、ヨシミンもピックアップし、一路旭川へ向け車を走 らせる。途中コンビニで酒を買い出し。食糧計画は朝ウドン素麺、夜米のみ。調味料は油、味噌、塩、酢、天ぷ ら粉、おかずは全てオショロコマを現地調達。ラフでいい加減な計画だ。天人峡の手前の駐車場に車を止め準備 を整えいざ入渓。橋から川へ降り立つと目の前に巨大な堰堤が待ち構える。これを左に高巻きするが、非常に悪 い。降り口は、水流が激しく、更に高巻くが泥壁のトラバースに悪戦苦闘する。こんなのが続いたら、即敗退だ。 後で知ったが、入渓口にはどデカイ看板が立てられていて、登山道が沢に誘ってくれていた。巻きに小一時間費 やしてしまったが、しばらくは河原歩き。川幅は広く昨日の雨で水量は非常に多い。渡渉箇所は所によりスクラ ムで進んでいく。オショロコマの魚影はまだ見えない。左にポンクワンナイ沢、二股、枝沢と出会うが、右の本 流をグングン進む。天気予報を覆すまさかの晴れにテンション爆上げ。どんどん進んでいく。次第に川幅が狭ま っていく最中、オショロの魚影もチラホラ見え始める。今日はカウン沢出会いの二股迄と決め、テンカラの竿を 出して、淵を釣り上がる。振れば小ぶりのオショロがヒットする。10cm未満はリリースし、晩飯を調達し乍ら、 カウン沢出会いでビバーク。白樺の流木を大量に調達し、更に日没タイムアップギリギリ迄、晩飯の調達に専念する。天ぷら、塩焼き、オショロ飯、オショロ汁、を拵えて、サッポロクラシックで乾杯。宴会途中で雨が振り 出し、タープで寝る。星は見えない。
2日目
朝4時位に起床。雨は夜半に止み、奇跡的に晴れ。相方は早々にオショロ釣りにカウン沢を遡行。相方の毛鉤は 既に一毛の毛もなく。ただの針で引っ掛け釣り。米を炊いて準備しているとそれでも数尾釣りあげてくる。オシ ョロの焼き魚定食とオショロイクラ汁の朝食。小さいオショロは酢漬けにしてマリネで喰う。ゆっくり準備し、 スタートする。今日はヒサゴの避難小屋迄なので、オショロを釣り乍ら進んでいく。やがて魚止めの滝が現れ、 左岸の巻き道を上がっていくと、『滝の瀬十三丁』が始まる。ここから延々と1km以上滑床が続く。ヒタヒタと 滑を進み乍ら灌漑に耽る。やがて川幅はさらに狭まり、ハングの滝が現れ滑床は終了となる。ここは右岸を巻く が、途中4m程の垂壁を苔むした固定ロープを掴み乍ら滝上に出る。ここからはゴーロを進む。やがて伏流とな るが、水線を忠実に辿る。傾斜は緩やかになり、池塘から巨岩帯へと渓相を変えてゆく。最後は最低コル目指し、 巨岩を攀じ登っていくと、縦走路に出る。遡行完了。ここから天沼を経由し稜線の木道を進み、ヒサゴ沼避難小 屋まで歩く。途中雪渓が残っていて、スケーティング&転倒シリセード。雪解けの美味しい水を大量に調達し小 屋へ。到着と同時に激しく雨が降ってくる。小屋は既に20人以上の登山客でごった返していた。夜はオショロ マリネ、オショロバターホイル焼き、オショロチャンチャン焼き、フキと高野豆腐の灰汁、切り干し大根、そし てオショロ飯で宴会。ニッカウィスキーと富良野ワインで乾杯。
3日目
3時起床3時半出立。トウラウシへロングアタック。生憎の霧雨。軽装なので足取りは軽い。真っ暗な中ヘッド ランプを頼りに分岐目指して進むが、行き過ぎてしまう。縦走路へ戻り、強風の中、木道から天沼を経由し、日 本庭園のコル迄戻る。ようやく東の空が白み出す。ガスも晴れ、視界が戻る。天国の風景は見たことがないが、 こんな景色だといいなと思う。気を取り直してロックガーデンの巨岩帯を進む。稜線は広く、ガスに巻かれると ルートを見失う。母をたずねて三千里のテーマソングヘビーローテーション『遥か草原を~一掴みの雲が~あて もなく彷徨い~飛んで行く~』やがて北沼とトムラウシ山が姿を見せる。とにかくデカイ。分岐を分かれると山 頂まであと少し。右に岩稜を巻いて登っていくとピーク。東の空に日が昇り、雲間から降り注ぐ光芒が、まるで カーテンのようだ。幻想的な景色の余韻に浸りながら、ヒサゴの避難小屋へ引き返す。途中『サイコーネ!』と 叫ぶトレランの外人さんとすれ違う。山の楽しみ方は様々だ。雪渓で水をフルボトル給水し、小屋を撤収し、出 立。手前の分岐から化雲岳に登り、広大で嫋やかな稜線を往く。爆風吹き荒ぶ化雲岳の稜線は白馬岳のようで、 東の斜面が深く抉れている。遠く忠別岳や旭岳を望みながら、赤く色づくチングルマの花畑を進み往く。徐々に 高度を下げる都度、森林限界のチングルマの花畑は、ハイマツから熊笹へと変わり、やがて栂の低木樹林から白 樺の森林へと景観を変えてゆく。ここでようやくレーション解禁。ハンバーグやカレーうどんで腹を満たし、真 っ白な燃えカスに再度炎を灯す。第一公園の木道迄は、泥湿地に足を取られ転倒しながら高度を下げる。羽衣の 滝を拝める滝見台からは、九十九折を一気に天人峡まで下山。お疲れ様でした。
エピローグ
まず、平野氏と伊達氏に感謝。貴重な連休を素敵な山行に付き合ってくれてありがとう。とても楽しかった~ クワウンナイ川は想像を遥かに超えた沢だった。『滝の瀬十三丁』の永遠と続く滑床はモスグリーンの苔の絨毯 を敷き詰め、雪解けの円やかな水が滔々と流れていた。静かにヒタヒタとフェルトのフリクションを利かせ乍ら 遡行していくと山を辞めず続けて良かったと自然と涙が溢れてきた。オショロコマの鮮やかなオレンジ色の斑点 は、文字通り、行動の活力源となってくれた。ロックガーデンのナキウサギは実に楽し気に歌い、疲れた心を癒 してくれた。源頭の日本庭園は、カムイ(=ヒグマ)が本当に遊んでいるような情景だった。トムラウシ山から 拝む大雪山系の山並みは筆舌に尽くしがたい風景だった。山頂には3~4名の登山客が居たが、ここでも咽び泣 く自分を堪える事が出来なかった。化雲岳から天人峡へ下るロングトレイルは、叶うことなら永遠にこの道が続 いて欲しいと願わずに居られない光景だった。貧相な自分のイマジネーションの限界を恥じるとともに、遥かな 高みを跳び越えてきたトムラウシ山クワウンナイ川を誇らしく思った。下山しても、あの沢、あの山の匂い、風 景は脳裏に焼き付いて離れない。眼を閉じても瞼にクワウンナイが浮かんでくる。憧れ続けた幻の川、想像を超 えた実際の川。ふたつのクワウンナイ川は今も僕の心を流れ続けている。(了)
写真順不同
Comments