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北岳バットレス第4尾根冬季クライミング


                       (バットレス全景)

1 期間 令和3年12月19日から同年25日までの間(移動日含む)

2 参加者 Kinoshita、Y、U

3 行動記録

12月19日(移動日) 11:00離福~翌01:20御勅使南公園(BP)

 装備確認の後、福岡発。およそ1,050kmの道のりを12時間で夜叉神峠付近の公園に到着し、人気がないことを幸い、テントを張り仮眠。月明かりが美しい。

12月20日(荷揚げ1日目)快晴 8:00夜叉神トンネル駐車場発~13:13あるき沢橋~16:30高度1900m付近の平地(TS)

30kg弱の重荷を背負い、それこそ亀が這うような速度で登っては、それ以上の下りを繰り返すこと約5時間、ようやく「あるき沢橋」着。さらに怒涛の登りを3時間以上こなし、池山御池小屋を目指すが全く着く気配がない。途中いい感じの平地があったので引き返しTSとする。

                      (2日間にわたる辛い荷揚げ)

12月21日(荷揚げ2日目)快晴 7:00TS発→池山小屋→ボーコン沢の頭→15:00高度2800m付近BC設営

雪も徐々に多くなり足元が悪くなってくる。目指す北岳は全く見えず、喘ぎながら奴隷の如くただただ足を動かすのみである。池山御池小屋で別パーティーと遭遇。稜線の風はすさまじく、体調不良で降りてきたとの事。森林限界を超えても急登は続き、休憩ともなるとザックごと仰向けにひっくり返り荒い息をつく。いい加減うんざりしてきたさらにその先、もう何の感情もなくなった頃にようやくボーコン沢の頭につく。背後には富士と八ヶ岳、そして正面には目指す北岳バットレスが見える。できるだけ八本歯のコルに近いところへBCを設営したかったがその余力はなく、高度2800m付近の広い稜線上にBCを設営する。BCから目指すバットレスをつぶさに観察すると、なんと雪面を横切るトレースが付いている。目で追うとトレースはBガリーを越え、四尾根へと伸びているようだ。例年のパターンでは今夜あたりから大荒れに荒れるのだが、今だ世界は微妙なバランスを保っているようで明日も快晴らしい。願ってもないこの二つの好条件の前に、ろくに検討もせず「最小限の装備で一日で抜けてしまおう!!」と安易な判断をしてしまう。夕食後、外では月明かりに照らされたバットレスが威容を誇っており、思わず身震いする。

                      (BCからバットレスを臨む)

12月22日(アタック1日目)小雪→快晴 02:00起床→03:47発→04:55八本歯のコル→6:00Bガリー取り付き→16:15頃ビバーク開始

やはり稜線は風が強烈で一晩中テントがあおられ殆ど眠れなかった。外は小雪が舞ってはいるが問題はない。気負いこんで装備を付け、風で飛ばされないようにテントを潰し、重しを載せて出発する。コルまでは思いのほか遠く、さらに梯子やクサリ場などが連続して意外に悪い。1時間ほどでコルに付き、暗闇の中をバットレスへと舵を切る。一度降りると登り返しできないくらいの急斜面をガンガン降りてゆく。やがてトレースは水平となり下部岩壁の直下をトラバースしてゆく。雪は概ね安定しているが陽が当たる前に抜けなければ。トレースがガリーのどん詰まりで消える。いよいよBガリーのようだ。Yが先行するが、出だしのハーケンのほか全くプロテクションが取れない悪場をドラツーで果敢に攻めてゆく。20mほどランナウトしワイドクラックに入り込み、カムは効いたようだが体を動かすごとにガラガラと拳大の石が落ちてくる。粘ること小一時間、ついに断念してカムを残置してロワーダウン。

                        (Bガリー左側の悪場をリードする)

 右手を見るとなだらかなガリーが見えたので、氷を繋いで2ピッチで上がりこみようやくBガリー突破に成功。しかし大きく時間を失ってしまう。ここから左へと大きくトラバースした先が四尾根の取り付きの筈なのだが、似たような尾根が3,4条伸びておりどれがどれだかさっぱり判らない。とりあえずブッシュとのコンタクトラインを登るが、急傾斜の上、既に日も高く雪が緩んでおり、腰~胸までのラッセルで時間ばかりが過ぎてゆく。ブッシュが途切れたあたりで再度左にトラバースすると、沢を横断するトレースを発見。先頭のYが降りてゆくと2回表層が流れたとのことで、ザイルで確保しつつ慎重に横断し、対岸の急傾斜のブッシュをさらに1ピッチ登る。未だ現在地が特定できず今度は自分が斜面左手のリッジへとリードするが、やたらと悪いうえに、確保できるような所がなく、とうとうギアを使い果たし、60mいっぱいになったところでようやく見つけた浅打ちのリングボルトにPASを伸ばしてセルフを取る。正面にはどう見ても登れそうにない三角形の垂壁が覆いかぶさっている。取り合えずビレイ解除をコールするが、下に届いたかどうかも分からない。そのうちザイルが強く引かれだしたので、足元の雪を踏み固め、慌ててボディビレーで踏ん張るが、こちらは今にも抜けそうなボルト1本しかないので気が気ではない。補強しようにもカムやハーケンを受け付ける場所は一つもなく、そのまま踏ん張ること1時間以上。ようやくユマーリングしてきたUと合流。下の立ち木でセルフを取ってもらい、そこまでクライムダウン。時計を見るともう14時を過ぎている、今日中に抜けるのはもう無理だ。余力があるうちにビバーク体制に入らねば。最高到達点をカメラに収め、逃げるように懸垂下降する。

 ビレイポイントまで降り立ちザイルの回収に手間取っている間、付近の斜面にYが3人がしゃがんで入れる雪洞をあっという間に掘り上げ、入り口をツェルトで塞いで風よけとする。入った当初は窮屈で首が折れそうだったが、男3人でモゾモゾしているうちに最適化され意外にも居心地が良い。しかし高度3,000m付近でのシュラフ無しビバークである。今夜は自分を生かしておくことに専念することになりそうだ。濡れたものを替え、ザックやギアラックのパッドまで総動員して断熱と保温に努める。疲れ切っているが全く眠れたものではなく、少しでもウトウトすると猛烈な寒さに襲われる。

                         (雪洞にて)

〇一体ここはどこだろう?

しばらくは明日の話題は避けていたが、落ち着いてくると避けては通れない問題として再びのしかかってくる。敗退するならばもと来たトレースを引き返し、八本歯のコルまで這い上がるしかなさそうだが、そもそも我々は今どこにいるのだろう?2人に今日の到達点のデジカメ画像を見せ、Uが以前夏に登った時のスマホ画像と照らし合わせると、実によく似ている。もしかして我々は結構いいところまでいっていたのではないか?幸いスマホが使えたので、4尾根の画像や記録を検索しまくり、例の三角形の垂壁が何者であるかを調べると、あった。雪が多すぎて判らなかったが、実は4尾根取り付きまで到達していたようだ。明日は最高到達点まで登ってみて進退を決めようということで決定する。俄然希望が湧いてきた。今夜も-17℃と寒いがありがたいことに無風である。

12/23(アタック2日目) 快晴7:05起動→8:16行動開始→8:58昨日到達点→13:01マッチ箱のコル→16:09城塞ハング上→17:09トップアウト→18:30八本歯のコル→20:00頃BC着→23:40頃就寝

長い夜に耐え、やっと夜明けを迎える。モルゲンロートが美しい。こわばった身体を無理やり起動させ、雪壁を30m登りさらに岩場を左に回り込むとうまい具合に昨日の到達点に出たので、残置を回収しYとリード交代。三角形の垂壁を目指してWアックスで登ってゆく。残置支点も現れ今度は自分が三角形の垂壁下までリード。今度はYが垂壁を右から巻いてゆく。しばらくするとザイルが動かなくなり、バットレスに雄たけびがこだまする。再びザイルが動き出すとビレイ解除。フォローしてみると不安定な雪壁を30m以上ランナウトしている。いやはやよくぞリードしたものだ。続くピッチは岩稜から不安定な雪稜を抜けると青いスリングが見えている。マッチ箱のコルへの懸垂点だ。ようやくここまで来た。2人を上げコルへ15m下降し、さらに雪壁を60mいっぱい延ばして最後の難関、城塞ハングの取り付きへと辿り着く。

     

                     (マッチ箱のコルへの懸垂)

しかし寝不足なうえ、昨日からスニッカーズ2本とエナジージェルくらいしか口にしておらず、猛烈な眠気と疲労感に襲われるが、ここを抜ければトップアウトはほぼ確定だ。天気は快晴無風でこの上ない。それにこの空の蒼さは何だ、既に3,000m特有の藍色に近い空じゃないか。フランベの吟遊詩人X氏ならば「嗚呼、白鳥に生まれ変わって、この空を飛び回りたーい!!」と唄うに違いない。Yも「ああぁ~なーんて美しいんだ~!ho~!」と感極まって声を上げている。ひとしきり叫んで気合いを充填したYが城塞ハングに挑みかかる。指で触れるだけでぐらぐらするハーケンにエイドを掛け、さらにナッツにぶら下がり、僅かな氷にアックスを刺してハングを越えてゆく、しかも凍り付いてガチガチになったグローブでそれをやるのであるから恐れ入る。                  

                    (城塞ハング手前の雪壁を登る)


 程なくしてビレイ解除がかかり、全力でフォローし城塞ハングを這い上がる。あとはひたすら稜線を目指して登るだけである。既に太陽は主稜線の向こう側となり、辺りは暗い水底のような色に包まれ、気温が一気に下がってゆくのがわかる。もう少し、あと少し、次第に雪壁が立ってきて遂に稜線に飛び出す。途端に猛烈な風に頬を叩かれる。「やった、やったぜ!」装具を放り出して雪の上を転がり回りたい気分だ。西の地平線を見ると最後の光が落ちてゆく。風がさらに強くなった。ここからは時間との勝負だ。3人揃ったところでザイルをザックに押し込み、北岳山頂には目もくれずに一気に下山する。日の光があるうちにBCへと続く尾根に入らなければ。

                      (城塞ハングを抜ける)


〇アクシデント発生

やっとのことで八本歯のコルへ着。完全に真っ暗な中、ヘッテン頼りの行動となる。ここで1名の手袋が凍り付いていることに気付く。聞くと「動いても体温が上がらず、手もよく動かない」とのこと。慌てて予備の厚手のウールの手袋に交換するが、もう自分一人では手袋をはめることができない状態である。歩調も弱くなってきて、登りの度に手をついて荒い呼吸を繰り返している。祈るような気持ちで声を掛けながらBCへ、BCへと歩を進めてゆく。何とか悪場を越えた。もう殆ど気力だけで歩いている状態で、数分歩いては立ち止まっての繰り返しである。2倍以上の時間をかけてやっとのことでBC着。すぐさまテントを建て、中に倒れこみ指先の加温とホットパックによる身体の加温に努める。顔は浮腫んで声も別人のようだ。指先は血の気がなく真っ白であり、若干血流が戻ったのか激痛にうめいている。食欲もなく、口元に持って行ったスープを数口すするのが精一杯である。ここは高度2,800m、簡単に降りれる場所ではない。天気は明日の午後から悪化するとの事。あらゆる選択肢を考えつつ、動ける我々が頑張らねば。とにかく残った食料を食べ、明日に備えることとする。


12/24 7:58BC発→8:54森林限界付近→14:26あるき沢橋→17:40奈良田着

風は若干強まったが晴天が続いている。負傷者は下山ならば動けるとの事だったので、登りのない奈良田方面へ全力で下山することとする。今日も緊張の一日である。ボーコン沢の頭を越え、3日前に反吐を吐く思いで登った斜面を降りてゆく。下へ下へ、とにかく下界へつながる道路があるところまで降りなければ。3時間弱で池山御池小屋着。ここで大休止。残った食料で弱った体に栄養を補給する。そこから下るにつれ雪はなくなってゆき、ついにあるき沢橋の車道に降り立つ。もう大丈夫、ザックを放り出して道路にへたり込む。あとは何の危険もない道路を約10km歩くだけだ。足元を気にせず次の一歩を踏み出せることは幸せなことだ。負傷者も驚異の回復力を見せ黙々と歩いている。ゆっくりとではあるが、1キロ、また1キロと距離は少なくなってゆき、ついに奈良田のゲートに到着。あとは病院探しや車の回収に奔走し、23時過ぎには甲府市内のホテルにチェックインすることに成功する。

12/25 9:30甲府発→23:15帰福

ビジホ万歳。暖房の効いた部屋に乾いたシーツ、そしてシャワーにウォシュレット。ついでに朝食バイキングを食べてゆこう。満足すればあとは高速に乗るだけである。今回はいろいろと危なかったが、全力を出しきった後の帰り道は格別だ。既にYは「次は屋久島だ~!鹿島槍奥壁だ~!そしてキルギスだ~!」と新たな目標に向けて気を吐いている。はてさて、次はどこに行こうか?

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