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矢筈岳 下部岩壁 半円形エリア

まだ今もルートが増えている途中だ。

仲間から記録を見たいと要望があり途中経過ではあるが自分の課題も乗り越えたところなので書いてみる。


この半円形エリアのルート開拓に最初に着手したのは2021年5月9日、木下さん、片山さんと山本の3名での事だった。

明瞭なコーナークラックラインの一本を私がグランドアップで登り終了点を打ち3人で掃除、その日のうちにリードトライして見事片山さんがフリー初登して、ルートを完成させた。

 ルート名「Departure」

 グレード暫定5.10c

 スケール15m

片山さん命名のDeparture(デパーチャー) はエリアで最初の一本目に相応しく船出、出港という意味がある。

緊張感のあるセクションもあり上部は立体的なクラックで面白いルート。


2番目に出来たのはスケールのあるライン。片山さんがグランドアップで終了点を設置し、片山さん山本の二人で掃除、片山さんがフリー化した。

梅雨に近づき矢筈岳下部岩壁半円形エリアでは染み出しが酷く場所によっては滝のように終始水が頭上から落ちてくる。このルートの初登時、エイドグランドアップで登っている片山さんは頭に背中に水流を受けながら滝行状態、まさに大滝登攀の様相だった。

ルートを登って頂ければわかるが1P目は一部プロテクションが細かい。この細かいプロテクションポイントやその他のクラックにことごとく泥草根が詰まっており、初登時はかなりスリングなアメリカンエイドとなった。

掃除したものの染み出しがずっと続き、フリー化は2021年の秋だったと記憶している。

フリー初登時は1P目と2P目をリンクさせて約40mの1本のラインとして登った。もちろん1P目終了点のボルトは使わず登っている。

 ルート名「矢筈の滝」

 グレード暫定1P目5.10c 2P目5.10c リンクして登って5.10d

 スケール1P目約20m 2P目約20m

苦労して作った甲斐のある素晴らしい星付きライン。スケールがあり、ロアーダウンで降りるならすっぽ抜け防止で80mロープを使うか、60mロープを使用し1P目終了点で一旦結び変えを行った方が良い。


3番目に着手したライン。これが私の積年のルートとなった。長文になるのをお許し頂きたい。

このエリアに初めて足を踏み入れた時から一際存在感を放っている巨大なアンダーフレーク。見上げながら自分には登れる代物では無いと思うと同時に、どうすれば登れるかとずっと考え込む自分が居た。

2021年6月10日私がグランドアップで終了点を設置。

片山さんに長々とビレイをお願いしながらカムエイドで前進する。下部は染み出しが酷かったり脆かったりと緊張する。上部の大フレークは高度感満載、コーナーは予想外にクラックが閉じており心か折れかけながらも前進、クラックの終焉まで到達する。

クライミングの理想はレッジトゥレッジであること。理想のクライミングを実現したいと考えると何らかのレッジで終了点を設置したかった。クラックは閉じたが両足で立てるように見えスタンスは少し先にある。そこからはスカイフックと浅打ちハーケンで前進した。しかし浅打ちハーケンに立ち込み見るとスタンスは外傾して思った程良くない。足元は浅打ちハーケン、スカイフック、マイクロカムの順番であまり落ちたくない。スタンスまでは頑張れば到達出来る気はしたが、到達したところでバランシーな状態、明瞭なホールドやエッジも無く終了点のボルトを設置出来る自信が持てなかった。

このラインの物語をどう完結させるか、私は岩にへばり付きながら時間をかけて悩んだ。無難なのはクラックの終焉にボルトを設置すること。しかし私はそれに何か逃げを感じた。そして悩み抜き現在の場所に終了点を設置した。ベストな場所に終了点を設置出来たと今の私は信じている。

ここからフリー化へのトライが始まる。

染み出しが収まった2021年秋シーズン、当初自分には無理と考えていたがトライを重ねると自分にも可能性があるように思えてくる。フリー化まで自分で頑張ると宣言をする。

2022年転職し生活環境が変わりプライベートで余計な障害が出来たり、クライミングが思うように出来ない日々が続いた。11月から12月にかけてプライベートの障害が無くなり仕事も慣れて本格的にトライを開始。鈍った身体でどん底のような状態だったが徐々に課題を見つけ解決し12月末には最終ホールド手前でワンテンまで至る。

2023年初旬は冬季クライミングに気が向かい、気づけば春になり矢筈下部は長い染み出しシーズンに入る。それでもずっとこのラインのことを念頭に夏は沢や滝に向かわず日向神で持久力のトレーニングに励む日々を過ごす。10月中旬まで染み出しが続き10月末にやっとトライ開始。一度ムーブの再確認で登り、更に2回のトライでレッドポイント。

終了点を打ってからフリー化まで2年と5ヶ月かかってしまった。

 ルート名「山颪」

 グレード暫定5.12a

 スケール30~35m

山からの吹きおろし風のことを山颪(やまおろし)と呼ぶ。

このエリアの半円形に抉れた地形が北風を掬い取るのか、冬になるとこのルート周辺に矢筈岳からの強い吹きおろしの風が吹く。朝のひと時しか日が差さないことも相まって12月に入ると低体温になるかと思うくらい寒く、震えながらトライを重ねた。

ルートの内容はオンサイトの妨げになるので詳しくは説明しないが、スケールもあり変化もあり吐き気がするくらい面白い。半円形エリアの看板課題と言えるだろう。

ルートが人を育てると言うのなら、私にとって間違いなくこのルートがそれだ。


4番目は山颪の終了点を打った直後に着手したワイドクラックライン。山本がグランドアップで終了点を打ち、斉藤さん、折口さんが掃除をし、フリー化は荒木さん。分業制で開拓された。

 ルート名「ぴえん🥺クラック」

 グレード暫定5.10a

 スケール約25m

染み出しの多い半円形エリアでも奇跡的に濡れ難いライン。他が登れなくてもここだけは登れる事が多い。

フリー2登目の斉藤さんはマジ泣きしながら見事にRPした。私が勝手にルート名付けて良かったか分からないが、斉藤ぴえんルートとかマホの目にも涙とか付けたら怒られそうなのでとりあえず「ぴえん🥺クラック」としておく。


5番目は半円形エリア入り口付近の顕著なフレーククラック。山本がグランドアップで終了点を打ち、折口さんが掃除しフリー化した。

 ルート名「アップワイド」

 グレード暫定5.9?5.10a?

 スケール約15m

見た目ワイルドなワイドクラックだが意外とスタンスがあり登り易かった。しかしそのスタンスはカタカタ動くため軽く蹴ったらベリっと剥がれ落ちた。グレードが悪くなったと思ったがフリー化した折口さんはそもそも剥がれたスタンスを使わずワイド登りをしていたらしい。よってグレードは変わらず5.9?でもクレームが付きそうなので私は5.10aを申請しておく。


6番目のラインは半円形エリア入り口付近、アップワイドの隣。

延本さんにより開拓された。フリー化も延本さん。

 ルート名「アップクラック」

 グレード暫定5.8

 スケール10m

半円形エリアでは貴重な初心者やアップ向けのお手軽お手頃ルート。カムセット練習やジャミングの練習にちょうど良い。


7番目のラインは極細クラック。

終了点は山本がエイドグランドアップで設置。掃除はほぼ要らなかった。

そしてフリー化は田上さん。

田上さんは終了点が打たれる前からフリーでのグランドアップトライを開始。終了点が打たれても常にフリーでのグランドアップにこだわり、プロテクションが極めて細かいラインにも関わらず一度もトップロープやエイドを行っていない。

登れなかったらロアーダウンして再び下からフリーで繋ぐ、より良いスタイルを実践する姿はカッコいい。

今のところ半円形エリアで一番プロテクションが難しいにも関わらず一番良いスタイルで登られたルート。

 ルート名「糸」

 グレード暫定5.11c

 スケール約15m

ボールナッツやブラスナッツと細かいギアを動員する必要がある。

それだけ細いのにプロテクション、ホールド、スタンスが奇跡的に繋がっている様は岩がここを登れと言っているに違いない。

細かいがプロテクションは取れるのでRでもPDでもないとの田上さんの見解。

私は山颪をトライしている合間に一度だけトップロープで触ってしまった。田上さんの登りを見ていたらトップロープで触った自分が恥ずかしい、そして悔しい。絶対リードで登りたい美しいライン。


他に現在開拓中のラインが2本。どちらも2P目が設定出来るラインでスケールがある。更にまだ全く手付かずだがやりたいラインが3本程ある。


ルート開拓を進める上で様々なことを学んだ。

まず上部岩壁の諸ルートの再整備から始めたが、ここは全てのルートがグランドアップで拓かれている。

ランナウトが予想され手打ちでボルトを打てるスタンスがあるにも関わらずボルトレスでスラブのランナウトを選択し見事ルートが登られていたり、クラックの無いフェイスをスカイフックに乗りながら手打ちでボルトを設置しているルートもボルト連打では決してなくボルトは最小限だった。

トラッドはグランドアップが基本なのだ。カムを使って登れば=トラッドとはならないはずだ。

より良いスタイルであるフリーでのグランドアップの初登は、クラックやホールドに詰まった泥草根が行手を阻み中々実践出来ていない実情もあるが(これは自分の弱さでもある)、上部岩壁の先人達に習い、私は必ずアメリカンエイドでも良いのでグランドアップでラインを登ってからのルート開拓にこだわっている。

結果だけで見ると、上から回り込んで吊り下がってルートを作っても同じではないか?と思われるだろうが、本来のトラッドの意味、精神性に近づく努力を少しでもしたいと私は考えている。

クライミングのより良いスタイルの追求や、それをリスペクトする価値観を大切にしたい。

そしてそれはルートを作る上でも同じではないかと感じる。

ルート開拓とは土木作業のことを指すのではない、いかに自分自身が岩や自然、クライミングと向き合えるか?ではないかと考える。

ルートを作っていると感覚の麻痺し、岩を傷つけボルトを打つこと、草木を伐採すること、これらの罪悪感が希薄になる。

しかし私たちは奇跡的に出来た自然による造形があるからこそ楽しく遊ぶことが出来るのだ。

自然対してローインパクトであること、山や岩に対して敬意を払うこと、その中で自分自身の挑戦を続けること。

このことを自分自身で何度も再確認しながら残りのラインにも着手して行きたい。

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